佐渡 裕 エッセイ

Vol.1
「宝船とオーケストラ」

宝船

 時々地方に演奏旅行に出かけると、旅館のロビーなどに五円玉で作られた大きな宝船がガラスケースに大事そうに飾ってあったりして、「これって、そんなに大事なものなんかい?」と首を傾げる事がある。つまり、五円玉の繋ぎ方さえ知っていれば、誰でも時間を掛ければ出来てしまうものではないかという事だ。だがしかし、五円玉ばかり毎日ちょっとずつ繋いでいく根気は僕には到底ないし、よくよく考えて世間を見ると、そう言った「根気」が評価されているということは、意外と世界中にたくさんあるような気がする。大きなところじゃピラミッド。ひとつの大きな石を動かすだけでも大変な労力だけど、それをあれだけの高さまで積み重ねていく事を思うと途方にくれるし、実際何年かかったかわからない膨大な時間を掛けて作られたわけで、ロビーの宝船と比べたら、規模の違う話だろうが、基本的には同じ作業なのではないかと思う

 最近、僕のところに指揮者になりたいという学生さんが質問に来る。「どうやってスコアーを読んだらいいのでしょうか」小学校で習ったドレミファソが読めるという前提での話だが、結局は自分の読めるスピードでそれを繋げていくしかないというのが僕の答え。世の中にはまるでコピーを取るように一瞬にして楽譜が読めるという人もいるらしいが、僕にはできないし、僕の所に質問に来るぐらいだから、到底そんな芸当はないはず。僕がやってることは、結局は五円玉を毎日繋げていく作業。曲によってはピラミッドに匹敵するぐらいの量にもなってしまうが、これを家でやらないことには指揮台には立てない。さらに、現場でのオーケストラの音作り。ロビーの宝船を馬鹿にしていてはこれもできないものだ。まずは音と音を結ぶ作業をひとつずつ解決していく。縦のリズムの線を合わせ音程を合わせる。各楽器のバランスを決め、各自の進むテンポを決める。ただし、仮に一日一音でも出来てから先に進みたいわけだが、それをやってると一曲に一年かかることも考えられる。

 僕には得意の曲がある。例えばドボルザークの8番の交響曲は、「今すぐ本番やってください。」と言われても、楽譜も要らなければ、練習も無しで、相当のことを伝えられる自信がある。なぜかというと、若いときに五円玉を繋ぎ合わせるようにしてこの曲を勉強したからだ。その時は何ヶ月も掛けて練習し、つまり身体にも脳みそにも音符が入っている。そして今、僕らの練習は大体三日間で作らなければ商売にならないので、時間の中でどう「宝船」が完成するかにかかっていて、その時間の制約の中での作業はかなりの忙しさだ。もちろん、プロの指揮者、そしてプロのプレーヤーとして、如何に迅速に宝船を作る作業を進められるかはいつも問われている。

 だが、実はオーケストラの魅力は、「宝船」ではない。楽器を手にしているプレーヤーは五円玉ではないのだ。それぞれ五円玉でいうところの穴の大きさも違えば、同じようにしっかり繋いで見ても、人によっては強かったり弱かったり・・・だから面白い。愛するシエナ・ウインド・オーケストラよ、僕が五円玉宝船を作ろうと思ったとしても、あんたらはモーターボートになってくれ。いや皆でそれぞれ勝手に泳いでくれたほうが面白い。少なくとも、僕は旅館のロビーにあんたらを飾ろうなどとは到底想いもしていない。船を作るなら、当然水に放り出したい!そして力を合わせてぐいぐい力強くそれぞれが水面を進んで行ってほしい。
  ただし、僕自身は五円玉を繋ぎ合わせるということが、必ず根底にまずあるということを、指揮台に立つ前にいつでも忘れないでいたいと思う。五円玉の宝船、マッチ棒で出来た姫路城、ピラミッドにどこそこの神殿、これからも、その労力に単純に感服しよう。そして、そこから何が生まれるか、それがシエナの価値となる。
  たった一回きりの本番に向けて・・・

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